二風谷、なかなか面白い。問題は観る角度!

日高におけるアイヌ文化の中心地、2年がかりの緑地化公園工事も完了し注目の観光エリアに

二風谷(にぶたに)地区には、この狭いエリアに3件の博物館や資料館があり、6軒のアイヌ伝統工芸品の製作と販売をする店舗のほか、店舗を持たない作家も販売を行っている二風谷工芸館があるなど、北海道でも極めて稀なアイヌ文化の聖地となっています。また、2017〜2018年にかけて中心部を緑地公園化する工事がなされ、アイヌの伝統家屋であるチセが多数建ち並ぶなど、平取町としてもかなり観光に力を入れています。アイヌ文化博物館周辺は緑地化でガラッと様変わりしているため、筆者も2019年春に再訪の予定です。このようにアイヌ文化にどっぷり浸かれるほかには、二風谷ダム関連施設の見物やダム湖を見渡す数々の展望台、チャシ遺跡跡の公園など、すべて見ると半日は悠に消化するエリアとなっています。なお、詳細は後述しますが、ここは日本の民族観を一変させた歴史的事件の舞台でもあります。単なるアイヌ民族の観光地ではありません。過去の歴史を鑑みながら訪れると非常に訪れ甲斐のあるスポットといえます。

日高・平取スポットマップ

クリックするとPDFマップが開きます

まるで要塞のような二風谷ダム

堤高32mと突出して高いわけではないが、堤頂長が550mとそこそこ長いうえにクレストゲートから上部の構造体が巨大であり、まるで要塞のごとく威圧感のある構造物となっているのが特徴。筆者もそれなりのダム好きではあるが、高さという要素を除き、これだけ圧倒感のあるダムは見たことがないかもしれない。形式は重力式コンクリートダムで、国直轄の特定多目的ダム。この後にざっくり経緯を記載しますが、建設には地元のアイヌ民族と訴訟にまで発展した軋轢があり、現在の二風谷地区の観光事業にはダム事業からの支援金が相当額投入されています。

ダムの上は自由に歩行できるので対岸まで行ってみましょう。その前に管理棟内の資料室で下調べを

基本、ヤル気の無い資料室ですが、最低限の知識は吸収できるでしょう

下流側から見たダムの全体像、とにかくデカいため全長500m越えを感じません

さっそく歩き始めます。やはり歩くと長さを実感、対岸までは7〜8分かかります。クレストゲートの支柱も太い!

中央部にある副ゲート。幅10mの真っ赤なゲートが7門並んでいる様は壮観で圧倒されます。左隅にいる作業車と大きさを比較してください

このダムの見所は大きさだけではない。立派な魚道も見応え十分。観賞用通路もしっかり完備されています。しかも湖面の水位により、魚道本体が上下にスイングするという大仕掛けも備わっています!

魚道通路から見たダム下流部。副ゲート両サイドの支柱を下支えする巨大なコンクリートアンカーも凄い。こんなダムは、そうザラにはお目にかかれません!

二風谷ダムとアイヌ民族の戦い
二風谷ダムの建設計画は、1973年(昭和48年)「沙流川総合開発事業」としてスタート。この計画では二風谷ダムと平取ダムの2つの巨大ダム建設がメインとなっていた。この二風谷ダム建設では、水没戸数9戸と少なかったものの、アイヌ民族の重要な儀式が行われる聖地であったため、当初は猛烈な反対運動が起こった。そのため補償交渉に9年を費やし、1984年(昭和59年)に交渉が妥結し工事が開始された。しかし、水没する土地の所有者だった萱野茂と貝澤正の2名がダムの建設に猛反対し、交渉も受け付けないという徹底抗戦に。これに対し、北海道開発局は土地収用法に基づき1987年(昭和62年)に強制収用に着手した。ところがこれは想定内の作戦の一部。両氏は1993年(平成5年)5月、北海道収用委員会を相手に札幌地方裁判所へ行政訴訟を起こす。
ここからが萱野茂と貝澤正の本戦の始まりだった。表向きはダム建設差し止めであったが、アイヌ民族の文化保護をなおざりにし収用を行った、と世論へ訴えるのが真の目的だった。これを認めさせることは、当時の日本政府は「日本は単一民族国家である」と標榜しており、これを根底からひっくり返すことになるのである。結果、1997年(平成9年)3月27日、札幌地方裁判所に於いて、両氏の訴えを棄却したものの、次の一文が添えられた。「工事のための土地取得などはアイヌ民族の文化保護などをなおざりにして収用を行ったことにより、土地収用法第20条3号の裁量権を逸脱している」。つまり、法的に日本は単一民族ではなく、先住民族であるアイヌ民族が存在することを公に認めた画期的な判決となった。被告側の国と北海道収用委員会は上告せず結審。これを契機に、国は北海道旧土人保護法を廃止し、アイヌ文化保護を目的としたアイヌ文化振興法を成立するに至ったのである。まさに負けて勝った戦いだった。これによりアイヌ民族の立ち位置は180度転換したと言っても過言ではない。歴史に残る偉業でしょう。
なお、萱野茂は2006年(平成18年)5月6日にこの世を去り、貝澤正は1992年(平成4年)2月3日、判決を聞くことなく他界したが、長男が遺志を継いで戦った。

二風谷アイヌ文化博物館

1992年(平成4年)に開館した博物館ですが、収蔵品の多くは、前述の二風谷ダム訴訟の原告であった萱野茂が所有する「二風谷アイヌ資料館」から譲り受けたもの。二風谷ダム訴訟は、開館の翌年であることから、萱野氏の国憎しの一辺倒ではなく、緻密に計算された訴訟行動であったことが伺えます。そのような政治的なことは置いておき、館内の写真をご覧ください。とにかく立派です。国策のダム工事からの支援事業で建てられたこともあり、本当に町立?国立じゃないの!と目を疑うばかりの造りとなっています。しかも、展示・収蔵されているものはモノホンで十分見応えがあります。その数、約3,000点。そのうち919点が国指定重要有形文化財となっています。ただし、難点をいえば、展示は立派なのですが、見せ方に力を入れすぎたのか、解説に力が入っていません。知識の吸収にはやや不十分な感じがします。しかし、現在白老に建設中の、国立アイヌ民族博物館が完成(2020年開館予定)するまでは、北海道でもっとも立派なアイヌ民族の資料館といえるでしょう。

【住所】沙流郡平取町二風谷55
【電話】TEL:01457-2-2892
【料金】400円
【開館時間】9:00〜17:00
【休館日】12/16〜1/15は全休、11/16〜4/15の期間は毎週月曜日、左記以外の期間は無休
【滞在時間】30分
【駐車場】あり/無料

沙流川歴史館

アイヌ文化博物館に隣接する沙流川歴史博物館は、地中に埋まっているユニークな建築物。川の博物館とか海の資料館とかいった施設でよく見られる手法で、北海道では襟裳岬の「風の館」が代表的存在。周辺の縄文遺跡やアイヌ文化遺跡などを中心に取り上げています。内容は広く浅くといった具合で、ダム記念館に色をいっぱい付けましたという感じ。いわゆるダム交付金で建てました感満載で、とにかく必要以上に立派、にもかかわらず入館料は無料!まぁ〜タダなのでアイヌ文化博物館に立ち寄ったならば、迷わず(ついでに)入ってみてください。筆者としては、展示内容よりも建物の総工費は幾らだろ〜と気になっていたのは秘密です。

広い展示室にゆったり配置

確かに地下構築物の中にいる感は強い

屋上は展望テラスになっており順路に組み込まれる

【住所】沙流郡平取町字二風谷227-2
【電話】TEL:01457-2-4085
【料金】無料
【開館時間】9:00〜16:30
【休館日】毎週月曜日(祝祭日の時は翌日)
【滞在時間】20分
【駐車場】あり/無料

萱野茂二風谷アイヌ資料館

前述の二風谷ダム訴訟の原告だった萱野茂が、1972年(昭和47年)に私財を投じ開設した「二風谷アイヌ文化資料館」が前身。自身がアイヌ民族であり、アイヌ民族研究者でもあり、所蔵していた個人コレクションを展示したもの。1991年(平成3年)に新たに造られた二風谷アイヌ博物館に資料を移譲するも、翌年の1992年に「萱野茂記念館」として再オープン。のちに現在の館名に改称。1,000点を越す展示品は、アイヌ民族民具のほかに、世界の先住民族の民具などもある。2002年(平成14年)には、収蔵品202点が国の重要有形民俗文化財に指定されている。現在の館長は萱野茂の次男が務める。

前述の二風谷アイヌ博物館と比較すると、昔ながらの雑多な展示で立派さには欠けるものの、むしろ人間臭さが感じられて、アイヌ民族の近さを感じられるのはコチラといえる。2018年の北海道地震で被災したようで、展示の状態が変わっているようです。2019年に再訪します。その際は、二風谷をもっと深く掘り下げて来たいと思います。

【住所】沙流郡平取町二風谷55
【電話】TEL:01457-2-3215
【入館料】400円
【開館時間】9:00〜16:30
【休館日】期間中無休(冬期休館)
【滞在時間】20分
【駐車場】あり/無料/未舗装

こちらも気になりませんか

  1. 根室標津(しべつ)駅跡

  2. 知床観光船

  3. 大正トンネルの花こう岩類

  4. 知内(しりうち)町ファミリースポーツ広場

  5. 日高山脈博物館

  6. 義経神社